細胞の崩壊に伴い血中には様々な遺伝子が循環し、cell-free DNA(以下cfDNA)と呼ばれている。血液・尿・唾液など体液を採取して、その中に含まれる物質を解析することで疾患マーカーに応用することをLiquid Biopsyと呼び、医学ではとくにcfDNAを用いた解析が盛んに行われている。疾患マーカーが極めて限られている獣医療では、非侵襲的なLiquid Biopsyは動物と飼い主、我々獣医師にも利便性が高く、早期の実装が望まれる。我々はこれまで腫瘍細胞から血中に放出される遺伝的な情報を研究対象とし、犬猫の腫瘍性疾患に対するLiquid Biopsyを展開してきた。
①犬のcell-free DNA解析
犬の血中cfDNAを定量し、新規腫瘍マーカー作出を試みるためLINE-1遺伝子を用いたreal time PCRによりcfDNA濃度と長鎖と短鎖の比であるDNA integrity index(DII)を評価した。その結果、悪性腫瘍罹患犬で顕著なcfDNAの上昇とDIIの低下がみられ、高い精度で遠隔転移を検出可能であった。またリンパ腫では再発に先立ってcfDNAの変化を捉えることが可能であった [Tagawa M et al., J Vet Diagn Invest, 2019]。同様の検討を固形癌である悪性黒色腫でも行ったが、cfDNAに上昇はみられず臨床的な変化を早期に捉えることは困難であった [Tagawa M et al., Front Vet Sci, 2023]。
②犬の移行上皮癌における循環腫瘍遺伝子解析
cfDNAは循環する遺伝子すべてを計測するため特異性に乏しいという欠点があった。そこで、特定の変異を有する腫瘍の循環腫瘍遺伝子(ctDNA)に着目し、犬の移行上皮癌症例でctDNA検出を行った。その結果、BRAF遺伝子陽性の移行上皮癌でctDNAは高値となり、ctDNAが高い症例は予後が悪化していた。ctDNAのモニタリングも可能であり、cfDNAと比較しても高い精度で病態をモニタリング可能であった [Tagawa M et al., PLoS One, 2020]。
③犬の血管肉腫症例におけるメチル化異常解析
ctDNAには変異遺伝子以外にもメチル化異常などエピジェネティックな変化が反映される。犬の脾臓腫瘤を対象にLINE-1遺伝子のメチル化の変化を評価したところ、血管肉腫のメチル化レベルは有意に低く、血中cfDNAにもメチル化レベルの低下がみられた [Sato H et al., 投稿中]。
④猫のcell-free DNA解析
猫も犬と同様、LINE-1遺伝子を標的としたreal time PCRを作成しcfDNAの定量を行ったところ、腫瘍性疾患で上昇がみられ、転移を認める症例ではさらに高値であった。とくにリンパ腫症例ではcfDNAは予後と関連し、再発を早期に検出可能であった [Tagawa M et al., 投稿準備中]。
これまでの検討により、犬や猫においてもcfDNAを中心とした解析は容易に実施でき、腫瘍の病態をある程度まで評価可能であった。ただ、疾患特異性の高いctDNA解析は腫瘍の特定変異がほとんど明らかとなっていない獣医療に応用するには課題が残る。Liquid Biopsyの実装にはまだ道半ばであるが、更なる検討を続け広く利用可能な疾患マーカーの作出を目指している。