【症例プロフィール】
雑種犬、15歳、避妊雌、体重7.5kg(BCS 2/9)。既往歴:6年前に乳腺腫瘍摘出。1か月前からの食欲低下、嘔吐を主訴に近医を受診し、対症療法が実施されたが改善に乏しくその後食欲廃絶。腹部腫瘤を認め試験開腹も胃内の腫瘍と判断しそのまま閉腹したとのこと。その後は経過をみていたが、飼い主の希望により試験開腹の1か月後に本学を紹介受診された。身体検査にて削痩が著しく、脱水も10%程度みられた。血液検査では左方移動を伴う好中球増加、貧血、Alb、Ca、T4低下、CRP上昇、レントゲン検査では心陰影の狭小化と胃内のガス貯留、腹部超音波検査では胃壁全体が不整に肥厚し偽層構造がみられた。また脾臓に1x2cm大の不整な低エコー性結節、胃や脾臓周囲の腹腔内リンパ節が1cm大に腫大していた。
確定診断を目的に全身麻酔下でCT検査および内視鏡検査をしたところ、CT検査では胃壁全体の肥厚と大弯側の菲薄化(図1)、周囲脂肪の不透過性亢進を認め、腹膜炎もしくは腫瘍の播種が疑われた。脾臓に造影増強の乏しい結節を複数認め、膵十二指腸リンパ節、胃リンパ節、肝リンパ節、脾リンパ節の腫大がみられた。内視鏡検査では胃壁全体が褪色し壁が脆弱な状態であり、散在性に出血がみられた(図2)。胃液が貯留しており十分な観察が困難であったが明確な潰瘍病変はみられず、複数か所から生検を行い終了とした。
【診断】
生検サンプルの病理組織学的検査では腫瘍性変化は明らかでないものの、胃腺を構成する上皮細胞に核の大小不同、配列の乱れ、極性の軽度の喪失を認め、前腫瘍変化(異形成)がみられるとのことであった(図3)。また麻酔下で胃と脾臓結節のFNAを実施したが、いずれも有意な細胞は得られなかった。
【治療】
飼い主には胃癌が疑われることを前提に、病変が広範囲に渡り転移も疑われることから外科的介入は現実的ではなく、緩和的治療について説明を行った。経管栄養についても説明したが強制給餌等での経過観察を希望され、モサプリド、アルサルミンのみを処方し紹介病院での継続診療を指示した。その後症例は約1か月で斃死したとのことであった。
【考察】
本症例は経過、画像所見からは胃癌が強く疑われたものの、内視鏡検査では異形成のみが観察された。医学では胃異形成は前がん病変と考えられており、長期経過の後に胃癌へと進行する。獣医療においては胃異形成と胃癌の関係性は不明であるが、胃癌の素因を有するベルジアン・シェパード・ドッグでは胃癌と胃異形成が同時に観察されることが知られている[1]。今回の症例に観察された胃の病変が異形成のみなのか、非採材部位に胃癌が存在するかは判断困難であった。胃癌を慢性胃炎と鑑別するバイオマーカーとして8歳以上、BCS 4/9未満、CRP上昇、葉酸低下が報告されている[2]。葉酸を除きその他の所見は胃癌に合致しているが、いずれも非特異的な検査所見でありそれらをもって胃癌と判断することはできない。本症例のように内視鏡生検で異形成所見のみが得られた場合、どのように解釈すればよいかご助言いただきたい。