狂犬病ウイルスの強毒固定毒である西ヶ原(Ni)株は神経細胞に細胞死を誘導しない。一方、Ni株を鶏胚細胞にて継代して生まれたNi-CE(CE)株は神経細胞に顕著な細胞死を誘導する。Ni株のM蛋白質95位をCE株のものと置換したNi(CEM95)株が細胞死を誘導し、逆にCE株のM蛋白質95位をNi株のものと置換したCE(NiM95)株は誘導しないことから、同アミノ酸の細胞死誘導への関与が示されている(Mita et al., Virus Res., 2008)。本現象の細胞死は細胞がアポトーシスとの関連が示唆されているが、詳細は未だ明らかになっていない。そこで本研究ではM蛋白質95位のアミノ酸が関与する細胞死メカニズムの解明を目的として、Ni株、CE株、Ni(M95A)株そしてCE(M95V)株をそれぞれ感染させたヒト神経芽腫由来SK-N-SH細胞を用いて実験を行った。
まず、上記4株をそれぞれ感染させたSK-N-SH細胞の細胞死誘導動態を解析した。その結果、初期アポトーシスの特徴であるホスファチジルセリンの細胞外膜への露出が全ての感染細胞で同等に認められた。一方、後期アポトーシスの特徴である細胞膜破壊はCE株及びNi(M95A)株感染細胞のみで顕著に認められた。従って、M蛋白質95位のアミノ酸は細胞膜破壊に関与していることが示唆された。
また、本現象の細胞死がアポトーシスと関連していることを検証するために、Ni株、CE株、Ni(M95A)株及びCE(M95V)株感染後24時間のSK-N-SH細胞にて、アポトーシス誘導の主要因子であるカスパーゼ-3及び7の活性を測定した。その結果、カスパーゼ-3/7活性は、どの狂犬病ウイルス感染細胞においても非感染細胞と有意差は認められなかった。さらに、カスパーゼ抑制剤であるZ-VAD-FMKを添加下で24時間培養後、カスパーゼ-3/7活性を測定した結果、Z-VAD-FMKの有無に関わらず、CE株及びNi(M95A)株感染細胞で顕著な細胞死が認められた。以上より、狂犬病ウイルスM蛋白質95位のアミノ酸が関与する細胞死誘導はアポトーシスではなく、カスパーゼ非依存性の細胞死誘導と関連していることが示唆された。
今後はどの細胞膜破壊の上流因子が狂犬病ウイルスの影響を受けているかを明らかにしていくとともに、本現象の細胞死と別のプログラム細胞死として知られるネクロトーシスやパータナトスとの関連を検証していく。