2年目は、1年目に進めた個別の作品論の論文化を進めた。同時に、太宰治の日中戦争開始後の作品の特徴を「動物の表象」と「女性の表象」の共通点から探るという方向に進んだ。
この両者は、昭和12年前後の作品から顕著になる。特に、太宰の作品史の一角を占める女性の独白形式作品の一作目が昭和12年に発表されている(短編「燈籠」)。これは太宰という作家主体の危機の反映なのではないだろうか。
戦争開始と共に、作家の社会的意義と、男性としての義務(兵役)とが、折り重なって一個人に対して問われる時代が訪れたのである。人間ならざる動物に作家/芸術家をたとえるのは、昨年度からも問題にしているように〈文学者の社会性〉、つまり戦争の時代に文学/芸術が何の役に立つのかという問題が意識されていることの表れである。男性として国家・戦争に〈兵役〉の形で寄与することができないという問題に対しては、自らを女性に仮託して異議を申し立てていると考えることができる。
このように、「動物」と「女性」は、戦時体制を前にしたとき、恐らくかなり近似したものとして太宰の中で結びついていたのではないかと思われるのである。これを通じて、戦争に参与できない人間の存在意義を見出すことが、この時期に底流としてあったのではないか。
「動物」と「女性」のうち、「女性」についての先行研究は多いが、主に太宰の個人的な資質を分析するために言及されてきた。ここに本研究では政治性・社会性を見出し、検閲の時代に表現方法を工夫しながら、いかにして太宰が体制や社会通念を相対化してきたかを明らかにしたいと思う。