Conference

Basic information

Name Kadekaru Sho
Belonging department
Occupation name
researchmap researcher code R000032212
researchmap agency Okayama University of Science

Title

膵臓外分泌腺癌に随伴して被嚢性腹膜硬化症を認めた猫の1例

Author

小林宏祐,川端悠雅,嘉手苅将,酒井治,吉竹涼平,久楽賢治

Journal

第30回日本獣医がん学

Publication Date

2024/07/06

Invited

Not exist

Language

Japanese

学会講演(シンポジウム・セミナー含む)

Conference Class

Domestic conferences

Conference Type

Poster sessions

Promoter

Venue

ホテルニューオータニ 東京

URL

Summary

【症例プロフィール】
短毛種日本猫,2歳7か月齢,去勢済み雄,5.3kg。当学受診2カ月前より腹囲が膨満し,4日前より食欲の低下を認め,精査を目的に紹介来院。既往歴や開腹手術歴はない。
【臨床経過】
身体検査では波動感を示す重度の腹囲膨満を認めた。血液検査ではごく軽度のSAAとGluの上昇を認め,Lipは正常だった。単純X線検査においては,重度の腹水貯留と消化管の集約を疑う所見を得た。腹部超音波検査では重度の腹水貯留と膵臓の低エコー性腫大を認めた。また腹膜脂肪は高エコー性で不整に腫大しており,内部には低エコー性の結節を散在して認めた。腹水の性状は有核細胞数 1,000/µl,比重 1.024で変性漏出液であり,細胞診では非変性好中球とマクロファージを認めた。猫伝染性腹膜炎 (FIP) を疑診しプレドニゾロン10mg/head,エンロフロキサシン 25mg/headで治療を開始したが,腹水中のFIPウイルス遺伝子検査および血清中抗コロナウイルス抗体価の測定結果からFIPは否定的であった。治療効果は乏しく,腹水も増加傾向であったため,第12病日に非鎮静下でX線CT検査を実施した。腸間膜脂肪は内部に低CT値の結節を散在して認め,腫瘤化した膵臓を中心として集約していた。膵臓腫瘍が疑われたが,さらなる精査,治療を目的とした外科的介入は症例の状態から困難であったため,プレドニゾロン5mg/headの内服と複数回の腹水抜去を行いながら経過をみたが,改善はなく第19病日に斃死した。
【死後病理解剖】
肉眼的には重度の腹水貯留と腹腔諸臓器漿膜面に少量の線維素の付着を認めた。また膵臓および大網,小網,腸間膜は多発性腫瘤の形成を伴い肥厚,硬化していた。小腸上部は,これらの組織に覆われ上腹部に塊状を呈し,可動性が失われていた。腹壁,横隔膜腹側面にも不整な結節を複数認めた。腹腔内リンパ節は肉眼的に観察できなかった。病理組織学的には,膵臓において粘液産生性腫瘍細胞の増殖を認め,大網,小網,腸間膜,横隔膜,腹膜,膀胱漿膜や肺においても同様の腫瘍細胞の増殖を認め転移巣と考えられた。大網,小網,腸間膜,横隔膜と腹膜においては炎症細胞の出現は軽度だったが,高度の線維増生を認めた。腫瘍細胞はグリメリウス染色陰性であり,免疫染色ではサイトケラチンAE1/AE3陽性,ビメンチン陰性,WT1陰性であり神経内分泌腫瘍や中皮腫は否定的で,膵臓外分泌腺癌と考えられた。サイトケラチン7と20は一部の腫瘍細胞でしか陽性を示さなかったが,形態学的に膵管腺癌を疑った。
【診断】
1. 膵臓外分泌腺癌 (膵管腺癌疑い) の腹腔内播種および遠隔転移
2. 被嚢性腹膜硬化症 (EPS) による重度の腹水貯留と消化管イレウス
【考察】
猫の膵臓癌の発生は稀であるが,10歳以上の高齢での発生が多いと報告されている。本症例は2歳7か月齢であったが,過去には膵臓における1歳未満の未分化癌や2歳11か月齢の神経内分泌癌の発生も報告されているため,膵臓の顕著な腫大が認められる場合は,若齢であっても悪性腫瘍も鑑別疾患として考慮する必要性があると考えられた。また本症例と同様に,過去の報告においても多くの症例で転移性病変が認められており,非常に悪性度の高い腫瘍だと考えられる。猫膵臓癌の生存期間の中央値は3ヶ月程度と短く,腹水貯留や転移が予後不良因子と報告されている。本症例では重度の腹水貯留や多発性転移が認められ,当学受診後の生存期間も19日と短かった。一部の症例では外科手術や抗がん剤,分子標的薬の投与による生存期間の延長が報告されているが,本症例は進行例であり生前診断が困難だったため治療介入が出来なかった。
 EPSは,腹膜が炎症性,線維性に肥厚し,消化管を被嚢することで運動機能を障害する疾患であり,炎症や血管圧迫により腹水貯留の原因ともなる。発生が稀な疾患であるが,人では腹膜透析の合併症などとして認められることがあり,犬においても感染性あるいは非感染性の腹膜炎,消化管内異物,膵臓癌を含む腫瘍などによる続発症として報告されている。猫においては人や犬と比べてさらに稀ではあるが,感染性腹膜炎や腫瘍の続発疾患,あるいは特発性として数例報告されており,本症例は膵臓癌の腹膜播種に続発したと考えられた。予後不良疾患であるが,外科手術や免疫抑制療法,タモキシフェンの投与により長期的な予後が得られた例も報告されている。しかしながら,本症例は多発性転移を伴う膵臓癌に続発していたため,治療は困難であったと考えられる。
 猫における膵臓癌に続発したEPSと発生が稀で,生前診断や治療介入が困難だった例を経験した。本症例から得られた各種所見をもとに,類似症例の早期診断に役立てていきたい。また組織検体を保管しているため,病態解明や診断法の探索に向けた今後の研究に役立てていきたい。