【はじめに】犬の脾臓には血管肉腫を含む様々な悪性腫瘍が発生し、診断時には遠隔転移を伴うことも多い。遠隔転移を伴う脾臓血管肉腫はstage Ⅲと定義され、その生存期間は1か月に満たないが、血腹などにより緊急的な外科対応が迫られることもしばしばである。しかし、stage Ⅲの脾臓腫瘍に対してどのような治療を行うべきかは獣医師の判断に委ねられており、遠隔転移を伴う脾臓腫瘍の予後因子は不明である。そこで今回、遠隔転移を伴う脾臓腫瘍罹患犬を対象とし、臨床所見、治療と予後の関連を検討した。
【材料および方法】2013年~2022年に来院し、各種検査にて遠隔転移を伴う脾臓悪性腫瘍と診断された犬を対象とし、臨床データをカルテシステムから参照した。生存期間は初診日から死亡までとしKaplan -Meier法による生存分析により各臨床所見が生存に与える影響について解析した。また、Cox 比例ハザードモデルを用いて生存に与える影響を単変量解析および多変量解析により検討した。
【結果】26症例が対象となり、全体の生存期間中央値は27日(範囲:3~633日)であった。脾臓摘出を行ったものが11例(全例が血管肉腫)、抗がん剤投与を行ったものは6例であった。また血腹を伴うものが12例、転移は肝臓が19例、肺が12例、その他心臓、腎臓、筋肉、皮膚などでみられた。生存分析の結果、性別や心拍数、血腹、脾摘、、輸血の有無、血小板減少、白血球上昇、凝固異常の有無に生存との関連性はなく、化学療法、体温異常(p<0.05)、体重、貧血の有無(p<0.1)が生存期間の短縮と関連していた。単変量解析の結果は生存分析とほぼ一致しており、多変量解析では脾摘あり(HR:0.27,p=0.03)、低体温(HR:16.97,p=0.01)、貧血あり(HR:3.47,p=0.04)に有意な生存との関連性がみられた。
【考察】遠隔転移を伴う脾臓悪性腫瘍では術後抗がん剤が生存期間の延長に寄与することは知られているが、脾臓摘出を行う前段階においてどのような対応をとるべきか判断に苦慮する場合も多い。今回の検討では遠隔転移を有していても脾臓摘出を行うことは一定の利益があると思われ、周術期を乗り越えることができればある程度の生存期間延長が可能なようである。低体温や貧血は死亡リスクが高いと考えられるが、症例数が少なく、また脾臓摘出を行っていない症例は病理組織学的な診断が得られていないことも踏まえ、今後更なる検討を行う必要があるものと思われた。