【はじめに】慢性リンパ球性白血病や小細胞性リンパ腫の一部において大細胞性リンパ腫に移行することが知られており、リヒター症候群と呼ばれる。人のリヒター症候群はB細胞性がほとんどでありT細胞性での発生は極めて稀である。犬においても同様の疾患が報告されているが、その発生は稀であり臨床経過については不明な点が多い。今回、各種検査にてリヒター症候群への移行が疑われたT細胞性リンパ腫の症例に遭遇したため、その経過について概要を報告する。
【症例】8歳、避妊雌、4.2 kgのマルチーズ、体表リンパ節の腫脹を主訴に近医を受診後、精査を希望し本学を受診した(第1病日)。血液検査では小型リンパ球主体のリンパ球数増加(8208/µl)を認めた。胸部、腹部画像検査では明らかな異常はみられず、リンパ節FNAでは小型で手鏡状の細胞質を有するsmall cell typeが90%以上を占めていたこと、T細胞クローナリティ陽性であったことから、小細胞性リンパ腫とくにT-zoneリンパ腫を疑った。一般状態が良好であったことから治療は行わず、近医での経過観察を指示した。その後第340病日に2か月前からの食欲不振を主訴に近医を受診、内視鏡検査にて幽門部腺腫と診断、プレドニゾロン、胃粘膜保護剤等により加療され良好に経過していたが、第441病日に再度食欲不振、リンパ節の腫大を認め、リンパ節FNAで中~大型のリンパ芽球が主体であったこと、T細胞クローナリティ陽性であったことからT細胞性大細胞性リンパ腫と診断、L-アスパラギナーゼ、CCNU等で治療されたが一時的な反応に留まり第509病日に斃死した。症例の第1病日と第441病日のリンパ節サンプルを用い、リンパ球クローン性解析を再検討したところ、両者のTCR遺伝子増幅産物は同一の遺伝子長であり遺伝子配列も100%一致したことから、両者は同一細胞を起源として発生した腫瘍である可能性が示唆された。
【考察】本症例の小細胞性リンパ腫および大細胞性リンパ腫は組織診断は行えていないものの、臨床経過と遺伝子解析からリヒター症候群である可能性が示唆された。人ではリヒター症候群に移行した場合、治療反応に乏しく予後不良とされる。本症例も同様に大細胞性リンパ腫に移行した後は予後不良であった。犬のリヒター症候群の報告は極めて少ないが、小細胞性リンパ腫の存在が見落とされている可能性もある。近年小細胞性リンパ腫への理解が進み診断される機会が増加していると思われることから、リヒター症候群に関して今後更なる情報蓄積が必要と思われた。