|
|
本稿の目的は,ベトナムの古代史・考古学において「正しさ」がどのように語られ,認識されてきたかを問うことにある。はじめに,王朝時代から仏領インドシナ時代を経て国民国家時代へと至るベトナムの歴史実践について「ベトナムモデル」「中国モデル」という二つの歴史モデルから接近する。次に,ベトナム古代史・考古学上で最も重要なテーマの一つといえる「雄王の銅鼓」(ドンソン銅鼓)を事例に選び,それがいかに「想像」されたのかについて,学術史的観点も踏まえつつ考察する。結論として,ベトナムの古代史・考古学の主体は,国民の身体として想像された雄王の銅鼓が示すように,ナショナリズムの「内部」「外部」それぞれの視角を持ち,また,植民地状況と脱植民地状況の交差した場所に位置している。本稿で論じた「ベトナムモデル」「中国モデル」の視角もまた,各時代の異なった「役者」によりなされ,異なった位置に変わるとき,そのプロセスは変化し,また同時にも存在しうる。このことは「他者」についての語りに基づく「科学」においてより顕著であり,人間の歴史における「正」と「偽」の一般的性質を表している。 |