本稿は,空間と移動というテーマに即して,これまで筆者が行ってきた,境界考古学の実践を基に対馬と台湾の事例から論じる。考古資料から見て,対馬は一貫して,日本列島,朝鮮半島・アジア大陸からの文化が数多く「移動」する一方,様々な要素により構成される多様性/複数性を持つ「境界」であった。台湾の台北市植物園遺跡からは数多くの近現代陶磁器が出土し,本稿の対象資料も19世紀末~20世紀第1四半期の日本産陶磁器が多くを占める。それらは1895年から台湾での日本統治が始まり,伝染病であるペストが流行し大きな被害を出す中で,当時の衛生医療,食事による植民地統治の一端を示すものといえる。