電子, 原子軌道, 分子軌道, 教育
http://www.juce.jp/LINK/journal/1002/03_03.html
化学は物質についての情報の世界です。人類が知り得た化学物質の数は毎日増え続けています。2010年2月1日時点で有機・無機化合物が約5,196万種類、バイオシーケンス(タンパク質のアミノ酸配列や遺伝子の核酸配列など)が約6,158万種類、合計すれば約1億1,354万種類にもなります。それらすべての化学物質は周期表の112種類の元素のうち、天然に存在している約90種類の元素からできています。1億1千万種類を超える膨大な種類の化学物質も、周期表のたった約90種類の元素の組み合わせに過ぎません。英語におけるアルファベットの如く、化学におけるアルファベットは元素と言えます。化学物質は(単原子分子・イオンを除いて)何らかの原子が複数個結合したものですが、プラスの電荷を持つ原子核同士がなぜ反発せずに結合できるのか、これはマイナスの電荷を持った電子が介在しているおかげです。ある物質とある物質を混ぜたときに反応しない場合もあります。なぜ結合しないのか、これも多くは電子の仕業です。そもそも原子や分子は、人間の目に見える光(可視光)の波長よりも小さいため、光学顕微鏡でいくら拡大しても目で直接見ることはできません。しかし私たちは、分子がどんな原子がいくつどのように結合したものか、例えば水分子は折れ線型、ベンゼン分子は六角板状型などと、分子の形を知っています。化学の本質は千姿万態の電子の世界です。化学の反応も、物質の色も、ミクロの世界の電子の立ち居振る舞いを、我々人間はマクロに見ているに過ぎません。目に見えない原子・分子の世界も、電磁波を原子・分子に照射したり、原子・分子から発せられる電磁波を観測したりして、マクロの人間はミクロの化学の世界から情報を得ています。電磁波を受け取ったり放出したりするのも、多くの場合は原子・分子における電子です。化学の土台となる電子の本当の姿を理解するには、量子力学に基づく原子や分子の電子状態を理解しなければなりません。これを取り扱う量子化学は、理系の大学に入った学生にとって基礎化学の中でも際立って学習が困難な項目です。高等学校で学んだラザフォードの原子モデルのイメージを捨て去り、新たにシュレーディンガー方程式なるものを学び、波動方程式の解である波動関数(三次元空間内の物理量分布)およびそのエネルギーを、電子の本当の姿としてイメージしなければなりません。大学教員にとって、主量子数、方位量子数、磁気量子数で決まる周期表の各元素の原子軌道、およびその原子軌道を線形結合して得られる分子軌道の三次元的なイメージおよびそれらのエネルギー準位について、限られた講義時間内で学生に把握させることは、教科書や黒板への板書だけでは極めて困難です。例えば2px軌道を例にとると、教科書の図は、本稿で紹介するシステムで描いた図とはかなり違っています。
http://opac.ndl.go.jp/articleid/10607830/jpn