ESR(電子スピン共鳴)は、格子欠陥の不対電子を検出し、分析する手法である。石英中には、自然放射線による損傷により酸素原子を欠損した酸素空孔や、鉱物晶出時にケイ素原子をアルミニウムやチタン原子などにより置換されるアルミニウム中心、チタン-リチウム中心(不純物中心)などが知られる。これらの構造的な特異性は、石英の形成年代や成因(マグマの組成、温度など) を反映するとされ、これまで主に第四紀堆積物の後背地解析などに広く用い られてきた。一方で、より古い地質年代への適用や有用性については十分な検 討がなされていない。そこで本研究では、ESR 特性による層序対比を白亜系および古第三系へ応用し、その有効性を評価することを目的とする。 本研究では、モンゴル・ゴビ砂漠に分布する上部白亜系および古第三系を対象とした。これらの地層からは、保存状態のよい恐竜類、哺乳類、爬虫類などの脊椎動物化石が報告されており、アジア大陸内部における当時の陸上動物相変遷に対して重要な情報を提供する。しかし、産出層の側方連続の欠如や、 鍵層として有用な火山灰層の極めて乏しい分布により、層序対比が極めて困難であることが指摘されてきた。本発表では、石英のESR 特性を活用し、化石 含有層の層序対比への応用を試みた。 分析の結果、石英の酸素空孔量は、ゴビ砂漠東部地域に分布する上部白亜系および古第三系で、南西部および中央部に分布する上部白亜系より高い傾向を示した。アルミニウム中心は、南西部に分布する上部白亜系で他地域より高い傾向が認められた。チタン・リチウム中心は、古第三系の分布地域で上部白亜系の分布地域より低い傾向を示した。これらの地域差を検証するため、一元配置分散分析および Tukey の多重比較検定を適用した。その結果、酸素空孔量 およびアルミニウム中心について地域間で有意差が認められ、東部で酸素空孔量が高いこと、ならびに南西部でアルミニウム中心が高いことが統計的に支持された。酸素空孔量の結果に基づけば、南西部および中央部の上部白亜系からなるグループ(南西・中央部ゴビグループ)と、東部に分布する上部白亜系および古第三系をまとめたグループ(東ゴビグループ)に区分される。さら にアルミニウム中心の結果を考慮すると、南西・中央部ゴビグループは南西ゴ ビグループと中央ゴビグループに細分される可能性が示唆される。これらの差異は、少なくとも後背地の違い、ひいては地質構造帯により区切られた堆積 盆地の分離を反映している可能性がある。なお、アルミニウム中心およびチタ ン・リチウム中心についてはデータ数が少ないため、解釈は今後の検討課題である。研究対象とした地域に分布する上部白亜系や古第三系は、大陸内陸部に発達した堆積盆地に形成されたと考えられており、今回の結果はこれらの堆積盆地におけるテクトニクス史を反映している可能性がある。さらに、近年の岩 相層序対比や脊椎動物化石を網羅的な生層序学的解析の結果、これまで上下方向への累重関係にあると考えられてきた複数の地層群が、堆積環境の側方変化を反映した同時異相の関係にあることが示唆されている。今後、本研究の成果を検討に加えることで、岩相境界と時間面が斜交することを前提に、現行の層序学的枠組みの再構築に寄与できると考えられる。また、化石の直接年代測定(骨や歯、卵殻を用いた U-Pb 年代測定など)や、新手法の導入による高精度な地質年代決定を通じてより詳細な層序対比や地質年代確立が期待される。