【背景】中枢神経幼虫移行症とは、線虫の幼虫が固有宿主以外の動物
に感染、全身に移行し、致死的な中枢神経傷害を起こす病態をいい、
代表的な線虫として、アライグマ回虫、イヌ回虫、ネコ回虫、広東住
血線虫Angiostrongylus cantonensis(Ac)がある。今回、展示施設で飼
育されていたワオキツネザル(Lc)1 頭が神経幼虫移行症で死亡し、Ac
感染の疑いがあり注意喚起を目的にその概要を報告する。
【動物】単独飼育されていたLc1 頭がふらつき、後肢麻痺、姿勢維持
困難、振戦などの進行性の神経症状を呈して、第18 病日の経過で死
亡したので、病因解明のために病理学的および分子生物学的に検索し
た。
【結果】肉眼的に小脳表面に出血巣が散在し、髄膜表面に、数隻の蛇
行する細長い寄生虫が目視できた。組織学的に、大・小脳の脳溝を中
心に寄生虫を伴う高度の軟化、出血が認められた。虫体の横断面は円
形、幅100 ~ 150 μm、非細胞性の外皮、外皮内側に1 対の側索と発
達した筋層、偽体控と消化管を有していた。一部で、虫体周囲にマク
ロファージによる被包化、石灰沈着、顆粒球浸潤、線維素折出などが
観察された。分子生物学的検索のPCR 検査では十分量のDNA を確保
できなかった。
【まとめ】虫体の形態、日本の流行状況、北米のアカエリマキキツネ
ザル例と本例の病理像が一致したことから、Ac 感染を強く疑った。
感染源を特定できなかったが、Ac では、ヒトへの健康被害も想定さ
れるため飼育環境の改善や飼料の入念な水洗、終宿主の駆除などの対
策をとった。併せて、本例のような原因不明の進行性の神経症状が継
続した場合、鑑別診断として幼虫移行症も念頭に置く必要があると考
えた。