広島県三次市君田町の中新統備北層群からは,背甲骨長約65㎝に達する大型のスッポン科カ メ類が報告されている.この標本は,日本の下部中新統から知られる2種のスッポン科化石との 背甲の大きさと形の比較に基づき,1984年にTrionyx ishiharaensis として新種記載された.し かしながら,この記載論文では適切な分類形質を用いた比較や表徴形質の提示がなされておら ず,さらに背甲の骨要素の同定においても明らかな誤りが含まれていたため,化石の分類学的位 置づけについての再検討が課題として残されていた.加えてスッポン科の多くの種はかつて Trionyx 属に帰属されていたが,1980 年代以降の研究により,現在では多数の属に細分されて いるため,このカメ化石の古生物学的な意義が適切に評価できない状況となっていた.そこで今 回,腹側を広く覆う堆積物を中心に剖出を行い,主に既知の分類形質に基づき化石の分類学的位 置づけについて再検討を試みた.その結果,君田町産の化石は第8肋板骨が大きく退縮し,第5 および第6椎板骨が長方形に近いといった形質を持つことから,ハナスッポン属(Rafetus)に 帰属すると考えられる.本属の現生2種およびチェコの下部中新統から知られる化石種と比較 すると,君田町産の化石は背甲の前縁がくぼみ,また幅が相対的に広い点で異なっていた.以上 の結果から,中期中新世の本州西部にはハナスッポン属の未記載種が分布していたと考えられ る.