本研究は、熱帯林で進化したと考えられる人類と類人猿の生態、社会の特徴が環境の変化にどう対応しているかを分析し、それが他種と共存することによってどのような影響を受けているかを解明することを目的として実施された。対象としたのはガボン共和国のムカラバ国立公園(低地熱帯雨林)とコンゴ民主共和国のカフジ・ビエガ国立公園(山地林)に同所的に生息するゴリラとチンパンジー、カメルーン共和国とガボン共和国の熱帯雨林に居住するピグミー系狩猟採集民である。各地域で食物の季節変化をモニターしながら、両種類人猿や狩猟採集民の土地利用と遊動様式が食物の変化にどう対応しているかを分析した。その結果、チンパンジーは果実の分布や密度の変化に応じて集まり方や遊動域の大きさを顕著に変化させ、栄養的に安定した採食戦略をとっていることが明らかになった。一方、ゴリラは食物条件によって集団のまとまり方や遊動域の大きさを変えず、社会的に安定した採食戦略をとっていると考えられる。果実や地上性草本の量や分布は低地と高地で大きく異なり、それが両種類人猿の共存関係や社会性に影響している。低地でゴリラが同じ場所を繰り返し利用するのはチンパンジーとの種間競合が働いていることが示唆された。同じ熱帯雨林に居住する狩猟採集民は、食物の分配を原則とした採食戦略を示し、コミュニティ内部で頻繁に移動を繰り返す。このように、本研究によって3属のヒト科は熱帯林の同じような食環境の変化に異なる社会性を発達させてきたことが明らかになり、類人猿と人類の葛藤解決の方法を分析することが急務であると認識するに至った。そこで、最終年度を繰り上げて基盤研究Sとして「資源利用と闘争回避に関する進化人類学的研究」を申請することにした。幸い助成が受けられることになったので、これまでの研究成果も含めて学会やジャーナル等で発表し、新たな課題として取り組んでいく所存である。